文春砲「上野千鶴子氏が入籍」はミスリードの疑い 養子縁組の可能性も

フェミニズムの旗手として婚姻制度を批判し、「おひとりさま」シリーズの著書でも名高い上野千鶴子元東大教授が「入籍していた」と週刊文春が報じた。だが、この記事は上野氏が「結婚していた」とは断定していないので要注意だ。
楊井人文 2023.02.23
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上野千鶴子氏といえば、フェミニズムの旗手にして、女性学・ジェンダー研究のパイオニア的存在と言われてきた、著名な社会学者です。「おひとりさま」シリーズをはじめ共著を含めると約200冊の著書があります。4年前、教鞭をとっていた東京大学の入学式祝辞が大きな話題となりました。

その上野氏が「入籍していた」と週刊文春が報じました。ネット上では瞬く間に拡散し、「言行不一致」とか「嘘つき」といった非難もあがっています。上野氏はこれまで婚姻制度を批判し、自ら生涯独身を標榜してきたとみられてきました。私もそのようなイメージを持っていたので、この"文春砲"には最初、驚愕しました。

ただ、こうした人を驚愕させるニュースに出くわしたときは、要注意です。

記事全文をよく読んでみたのですが(注:ネットの無料版では途中までしか読めません)、「結婚していた」「婚姻届を出していた」とはどこにも書いていませんでした。「入籍」は「結婚」を連想させることに間違いありませんが、「入籍=結婚」ではない点に要注意です。

では、なぜ文春は「入籍」という言葉を使ったのか、私人である上野氏に対するプライバシー侵害にならないのか、といった論点も浮上します。もちろん、上野氏が「おひとりさま」を「売り」にして言論活動をしてきた面があるため、事はそう単純ではありません。

ここでは、"文春砲"が実名で報道したお相手方の男性(著名な学者)を「X」氏と表記します。そして、以下のポイントに沿って、事実関係と法律上の論点を整理しつつ、この報道で浮き彫りとなる問題点を解説します。

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『楊井人文のニュースの読み方』は、今話題の複雑な問題を「ファクト」に基づいて「法律」の観点を入れながら整理して「現段階で言えること」を、長年ファクトチェック活動の普及に取り組んできた弁護士の楊井がお届けしております。

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上野氏の「結婚」に関する発言

上野氏のこれまで「結婚」に関する代表的な発言を確認しておきます。

社会に向けて数々の発言をされてきた方ですから、いろいろあるのですが、2019年に出版された語録集に、このような言葉が載っていました。

だれとでもいいから結婚すべきでない
文春文庫「上野千鶴子のサバイバル語録」(2019年)より。初出は「結婚帝国」(2004年)

文春文庫編集部は「女性編集者たちもこのフレーズがダントツ人気でした」とコメント。この語録集は、上野氏が自ら過去の発言から「厳選した」とのことです。

『おひとりさまの老後』など「おひとりさま」シリーズのベストセラーを出したことも知られる上野氏ですが、本来「おひとりさま」の意味は、「独身」以外にも複数の意味があります。ただ、上野氏は次のコメントのように、基本的に「独身」の意味で使っていたと思われ、多くの人もそのように受け取っていたでしょう。

おひとりさま。この言葉が広がったのは、とてもいいことだと思う。それまでは、高齢の独身女性へ対する呼び名は、ひどかったですからね。「嫁かず後家」、「オールドミス」「負け犬」ですから。

「非婚」あるいは「独身」のすすめは、上野氏の言論活動の真骨頂といえるものでした。

ただ、上野氏は、「結婚」あるいは「婚姻制度」を批判していたのであって、恋愛や性愛を否定していたわけではありません。むしろ、それを積極的に肯定していたからこそ(また「不倫」も否定せず)、制度としての「結婚」を批判しました。

上野氏にとって、「結婚」の定義は「自分の身体の性的使用権を、特定の唯一の異性に、生涯にわたって、排他的に譲渡する契約」のことであり、かりに結婚するとしても「婚姻届を出さないかたちでも可能」と説いたこともあります(東洋経済オンライン)。

上野氏自身が結婚するかどうかについては、2020年に次のように語っています。

人と人との間に契約だの権利だの所有だのという関係が入るのが、どうしても認められない。だから結婚に魅力を感じたことは一度もありません。
・・・性的な身体の自由はとりわけ重要なものだと思っています。それを結婚によって手放すなんて、考えただけで恐ろしいくらいです

また、上野氏は朝日新聞の読者人生相談コーナーで、

ずっと「戸籍に×のない負け犬シングル」の上野です
朝日新聞2017年12月9日朝刊「悩みのつるぼ」

と答えたこともあります。

上野氏が自ら独身者であることを標榜し、「結婚」批判を言論活動の核心にあしてきたことは、以上のことから確認できると思います。

ですので、その上野氏がひそかに「結婚」し、それを隠して「結婚すべきでない」といった言論活動を続けてきたのが本当なら、やはり衝撃的な事実であり、社会的責任が問われそうです(なお、法的責任も検討の余地があります)。

問題は、本当に「結婚していた」のかどうかです。それが「文春砲」では怪しいのです。

***この後の主な内容***
文春報道で確認できる事実
文春報道で確認できない事実
「婚姻による入籍」が既定事実のようにミスリードの恐れ
プライバシー侵害とならないか
上野千鶴子氏の社会的責任について

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続きは、3465文字あります。
  • 文春報道で確認できる事実
  • 文春報道で確認できない事実
  • 「婚姻による入籍」が既定事実のようにミスリードの恐れ
  • プライバシー侵害とならないか
  • 上野千鶴子氏の社会的責任について

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