“マスク拒否”で飛行機搭乗拒否 航空会社の対応は憲法違反?
マスクの着用を拒否したとして広島県の呉市議会議員、谷本誠一氏ら2人が飛行機から降ろされていたことがニュースになりました。
谷本氏らは「マスクを推奨するのはお願いでしかなく、航空機の特権を生かして降りろというのは完全な人権侵害」「マスクの着用の強制は憲法違反。我々のせいで安全を阻害されたり、他の乗客に迷惑をかけたというのはお門違い」と主張したとのことです。
これについてはどう考えるべきでしょうか。今日、Yahoo!ニュースにコメントしたのですが、少し詳しく説明しておきたいと思います。
航空会社の対応は憲法違反になるのか?
まず、大前提として、「憲法違反」かどうかは、基本的に「公権力の行為」の場面で問題となります。航空会社は私企業ですから、その対応が「憲法違反」に問われることはまずないと言っていいと思います。
ただ、谷本氏らの主張の趣旨は「憲法上保障されている重要な人権が侵されている」ということでしょう。
一般論としていえば、私企業の対応であっても、思想・信条の自由など「人格権」を侵害したと評価される場合は民事上の「不法行為」責任に、「契約違反」と評価されれば「債務不履行」責任に問われる可能性があります。いずれも慰謝料など損害賠償責任です。
また、害悪の告知をして義務のないことを強制すれば「強要罪」(刑法223条)に問われることがあります。あまり知られていませんが、このコロナ禍において大変重要な条文だと思いますので、引用しておきます。
(強要)
第二百二十三条 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、三年以下の懲役に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
3 前二項の罪の未遂は、罰する。
マスク着用の法的義務はないが、航空会社は事前告知
現在のコロナ禍で、マスク着用が奨励されていますが、国民一般にマスク着用の法的義務はありません。
ですが、そのことは「マスク着用を拒否する自由が無条件に、法的に守られる」ことを意味するわけではありません。
私企業が「マスク着用」を条件にサービスの提供をしている場合、「条件なしにサービスを利用させろ」と要求する権利までは認められないからです。
私企業にも、どういう条件でサービスを提供するか決める自由があるのです。
では、今回の航空会社の対応をみていきましょう(今回の経過は、同行していた人のブログに詳細が書かれていました)。
そもそも、飛行機でのマスクの着用の要請と搭乗拒否は、航空業界の「感染予防ガイドライン」に明記されています。
旅客に会話をなるべく控えることを呼びかけるとともに、マスクの着用を要請すること(乳幼児を除く)。なお、マスクが着用できない場合は、搭乗前に航空会社に相談するように周知し、相談があった場合は、マスクに準じる対策の要請等、適切に対処すること。
旅客がマスクの着用を拒み、乗務員の業務の遂行を妨げ、その指示に従わない等の場合(乗務員が事情を伺っても意図的な無視・沈黙がなされ、適切な対応を取ることができない、など)には、航空会社の判断により搭乗拒否する可能性があることを、旅客に対して事前周知すること。
今回の航空会社も、それに従って「健康上の理由等、特別な理由がない限り、マスクの着用を拒否される場合は、ご搭乗をお断りすることがございます」と告知していました。
航空会社の対応はこうしたガイドラインや事前告知に基づいたものであり、乗客もそうした条件を承知のうえで飛行機を利用しようとしているとみなされます。
マスク着用を拒否する思想・信条の自由はあります。
ですが、その思想・信条を貫くために、サービス利用条件の遵守を拒否した行為が「人格権」として法的に保護されることはほぼないと言っていいでしょう。
航空会社の「お願い」がトラブルのもと?
「ほぼない」と言ったのは、「健康上の理由等、特別な理由がない限り」という留保があるからです。
たとえば、事前に相談して「特別な理由」を航空会社が認識していた、というような場合です。「特別な理由」を認識しながら搭乗を認めたのに、それを無視してマスク着用を「強制」したというような場合は「人格権」侵害に問われる可能性はあると思います。
もうひとつ確認しておくべきは、機長には「安全阻害行為」があった場合に飛行機から降ろさせられる強い権限があるということです(航空法第73条の4)。
「いやいや、マスクを着けなくても安全を阻害することにならないよ」と思う人がいるかもしれません。
ただ、「安全阻害行為」は、航空機内の秩序を乱したり、規律に違反する行為も含まれる広い概念です(航空法第73条の3)。
事前告知した条件に応じなければ、こうした広い意味での「安全阻害行為」に当たるとして、機長の権限行使は正当化されるでしょう。
ただ、航空会社はいきなりこの権限を行使したわけではなく、最初は「お願い」から入っていたようです。市議との間でもこんなやりとりがあったようです。
客室乗務員:「マスクを着けて下さい」
谷本市議:「強制ですか、任意ですか」
客室乗務員:「お願いです」
谷本市議:「お願いであれば、こちらは着ける必要はないですね。これを強制したら、憲法違反になりますよ」
マスク着用が絶対条件なら、「お願い」ではなく「強制」だと明言すべきだ、という考えもあるかと思います。
ただ、航空会社側の立場でいえば、「強制」といえば、先ほど言った「強要罪」に問われる可能性もあり、表現・対応は慎重にならざるを得ないと思います。
国土交通大臣もかつて記者会見で「まずは着用されていない理由をお尋ねし、健康上の理由等で着用が困難な場合にはフェイスシールドの着用等の代替措置をお願いし、正当な理由がない場合には着用の要請を改めて行うなど丁寧な対応がなされていると承知している」とし「丁寧な対応」を強調したことがあります。今回も、そうしたマニュアル的対応に沿ったものだったのでしょう。
この点、私はこうした「丁寧なお願い」という曖昧な対応ではなく、「マスク着用は搭乗の条件」だと明確に説明すべきだったと思います。
マスク着用が搭乗の絶対的条件なのであれば、事前の意思確認を徹底し、あらかじめ拒否の意思表示をしていた人には、最初から搭乗を認めない(サービス提供をお断りする)、という対応をした方が首尾一貫しているし、他の乗客に迷惑をかけるような出発の遅延も起きなかったはずです。
ここまでお読みになって、楊井の法律論はなんと冷たいのか思う人もいるかもしれません。
「マスクを着用したくない」あるいは「マスク着用の合理性はない」と考えている人からみれば、「合理性のないことを事実上強要されるこの社会状況と戦うのが、法律家・弁護士の役割なのではないか」と。
その気持ちは、私は非常にわかります(笑)。このYahoo!ニュースへの私のコメントに対し、そうした反発も届いています。
でも、これがおそらく法律の世界における支配的な考え方です。
そうした現実の中で、「マスクを着用するのが常識で、当然だ」と考える人たちと「マスクの着用に合理性はなく、強要されるべきでない」と考える人たちがどうすれば共存していけるのか、この状況は変えられるのか、私の考えを述べておきたいと思います。