ファクトチェックでは “問題意識” を封印すべきか?アワード受賞作から考える (1/2)

「ファクトチェックアワード2023」で選ばれた受賞作6作品を通して、ファクトチェックの意義や課題について考えるシリーズ。1回目は「公的言説」を検証した3作品を取り上げる。
楊井人文 2023.07.01
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先週、優れたファクトチェックの成果を表彰する「ファクトチェックアワード2023」の結果発表がありました。受賞した計6作品の意義を解説しつつ、ファクトチェックには何が期待されているのか、限界や課題があるとすればどこにあるのかを考えます。

最初に、少しお断りがあります。

「ファクトチェックアワード2023」はファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)主催で、私が理事として企画・事務を担当したものです。選考は外部識者を含む5名の委員によって行われ、私自身は選考に関与していません。選考過程の議論の内容はお話できません。ここで書くことは、あくまで私個人の見解になります

もう一つお伝えしなければならないのは、先日、FIJの理事を任期満了で退任したことです。2017年の設立以来約6年間、各事業の立ち上げ・運営に携わってきましたが、私のやれることはやりきったと考え、新たなメンバーに託しました。ですので、今後は、組織上の立場と関係なく、一個人として、ファクトチェック活動について良い点も悪い点も率直に論評していこうと思っています。そうすることが、10年以上にわたって実践、普及活動に携わってきた私の責任でもある、と考えています。もちろん、私自身がしてきた活動に対する自省も含めて、です。

一方で、何事もそうですが、「けなす」のは簡単で、「ほめる」のは難しい。世の中には「けなす」言説であふれかえっています。新しい領域を切り開くには、いろいろな課題や困難も伴います。それを身をもって経験してきたからこそ、「評価すべきは評価する」というスタンスも持ち続けていきたいと思っています。

組織の立場を離れ、一個人として行うファクトチェックに対する論評の第一弾として、ファクトチェックアワード受賞作について取り上げます。

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『楊井人文のニュースの読み方』は、今話題の複雑な問題を「ファクト」に基づいて「法律」の観点を入れながら整理して「現段階で言えること」を、長年ファクトチェック活動の普及に取り組んできた弁護士の楊井がお届けしております。

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【ファクトチェックアワード2023受賞作】

どんな作品が受賞した?受賞作の特徴とは

今回のファクトチェックアワードには計39点の作品応募がありました。対象は昨年1月〜今年3月に発表されたもので、放送・動画コンテンツも含まれます。

選考の結果、受賞したのは、大賞1点、優秀賞5点の計6作品です。それぞれの作品は特設サイトで見ていただきたいのですが、ざっとタイトルだけ並べてみます。

【大賞】
「高度医療費負担廃止検討」のニュースをめぐる他制度との混同のおそれについて注意を喚起した記事 (リトマス)

【優秀賞】(5作品、メディア名五十音順)
「英国女王の国葬でも議会の議決をとっている」との政治家の発言を検証した記事 (InFact)
ワクチン接種時の心筋炎・心膜炎の頻度に関する厚労省のリーフレットを検証した記事 (InFact)
「ブチャの市民虐殺はフェイク」とのロシア側主張を覆す決定的証拠や証言に関する一連の報道 (TBS) 
人気イベント開催地近くのホテルの価格高騰に関するネット上の噂を検証したファクトチェック特別番組 (日本テレビ)
「ドローンで撮影した静岡県の水害」として拡散した画像がAI生成と指摘した記事 (BuzzFeed Japan)

この6作品をメディア別にみると、伝統メディアから2社、オンラインメディアから3社でした(2作品を受賞したメディアがあったため、受賞したのは計5社)。

新聞社の受賞がなかったのは残念ですが、バランスのよい結果になったのではないかと思います。

【ファクトチェックアワード受賞作の発表メディア】

筆者作成

筆者作成

ファクトチェック対象のテーマ別にみても、医療・健康、災害、社会、政治、国際問題と多岐にわたっていました。

ファクトチェック対象を、その「発信者」に着目して大きく分類すると、下の図のとおり「公的言説」「社会的言説」「無名言説」の3つに分類できると考えています(私の長年の観察に基づいた整理です)。

筆者作成

筆者作成

この分類に従って今回の受賞作をみてみると、「公的言説」は3点、「社会的言説」が1点(これは見方によって「無名言説」に分類可能)、「無名言説」が2点ありました。

筆者作成

筆者作成

今回の記事ではまず「公的言説」の受賞作3点(いずれも優秀賞)を取り上げたいと思います。

「ブチャの市民虐殺はフェイク」とのロシア側主張を覆す決定的証拠や証言に関する一連の報道 (TBS) 

最初に取り上げたいのは、このTBSの作品です。

これはウクライナ侵攻からまもないころ、首都キーウに近い街ブチャで起きたとされる市民虐殺についてロシア側が関与を否定していた頃に、TBSの記者が現地で取材し、その真偽を検証した報道です。

少し経緯を振り返っておきます。

ロシアのウクライナ侵攻が始まったのは昨年2月24日でした。ロシア軍は3月30〜31日ごろに、占領していたブチャから撤退しましたが、4月初めに欧米メディアが現地入りし、路上に放置された遺体や集団墓地が多数見つかったと報道されます。

これに対し、ロシアは「撤退した後に(ウクライナ側によって)でっちあげられたもの」と関与を否定。すると、4月4日、ニューヨークタイムズが3月中旬に撮影された人工衛星画像をもとにロシア側の主張を否定しました。BBCなど他のメディアも報じていきます。

それでもなおロシア側はウクライナの仕業だと否定し続けていました。

そんな中、TBSの増尾聡特派員記者が現地に入り、その通りに住んでいた住人に取材したところ、証拠写真や動画を入手し、報道したのです。最初の放送は4月14日だったとみられます。

(以下、TBSの動画を紹介しますが、ボカシが入っているとは言え、衝撃的な映像が含まれているので、ご留意ください)

【2022年4月14日・TBS放送】(約5分)

その後、TBSの取材に対し、ガルージン駐日ロシア大使(当時)がウクライナ側の画像から、当初その道路に遺体は放置されていなかったと改めて主張しましたが、これについても遺体が放置された道路とガルージン大使が指摘した道路は別だったと指摘しました。

2022年4月23日・TBS放送】(約6分)

そして8月にも、虐殺を間一髪のがれた人の新証言とあわせて「虐殺はフェイク」だとするロシア側主張を検証した番組を放送したのです。

2022年8月14日・TBS放送】(約13分)

ロシア側は強く否定し、ウクライナ側の仕業だと主張していました。

戦争の最初の犠牲者は真実である」ー そんな言葉があるように、戦争では、少しでも戦況・情勢を有利にしようと、プロパガンダ(政治宣伝工作)・情報戦が行われるのが常で、事実や真相が葬り去られていきます。

現地住民が撮影していた動画にしても、もし欧米メディアが先にこれを入手して報道したとしたら、その信憑性に疑いの目が注がれた可能性もあります。この証拠を日本の大手メディア、TBSが欧米メディアに先駆けて最初に確認したことにも、非常に重要な意味があったのではないかと思います。

ロシア軍が撤退したとはいえ、全土に攻撃をしかけられていた戦地での危険地取材を敢行したという点も、誰でもできることではありません。

取材を担当した増尾聡・特派員記者のオンライン授賞式の言葉(松田崇裕・報道番組センター長による代読)を紹介します。

ロシアによるウクライナ侵攻当日から取材をを続ける私にとってブチャでの取材は特に思い入れの強いものであり、こうした賞をいただけて大変嬉しく思っております。
ウクライナ報道では欧米メディアを中心にオープンソースを活用した新しい形の報道を多く目にしています。
一方で、私がブチャに入ってひたすら行ったことはアナログな地取りを行うことでした。
遺体が多く見つかったヤブランスカ通りの一軒一軒戸を叩き、一人でも多くの住民に話を聞こうと努めました。
連日、地取りを続け、たまたまその日に避難先から帰ってきた住人が撮影していた動画には、ロシアが占領していた際に既に遺体があったことを示す証拠がうつっていました。
この動画は報道という枠を超え、いま戦争犯罪の立証のためウクライナ当局が携帯電話ごと保管しているとのことです。

ファクトが何か見えづらく、惑わされることも多いですが、テクノロジーを活用した新しい形と、ひたすらに現場を歩いて情報を得るアナログの形とかけあわせでファクトを積み重ねることが求められるのだと感じています。
嘘が歴史に刻まれないよう、現場にこだわり、報道を続けていきたいと思っています。
改めてこのたびはありがとうございました。
増尾聡記者授賞式の言葉より(太字筆者)

増尾さんの言葉を聞きながら、本当に頭が下がる思いがしました。ジャーナリズムの真価を発揮した、素晴らしい取材・報道だったと思います。

もちろん、このような戦地取材に基づくファクトチェックは非常に特殊なケースです。ただ、事実に迫ろうとエビデンスを探求する姿勢は、まさに「ファクトチェック・スピリット」そのものだと感じました。

次に、InFactが受賞した2作品をみていきます。

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