小池都知事「月5000円」給付案 少子化対策に効果は?「エビデンスに基づいた政策」を促すために国民ができる問い方

経済学の研究では「現金給付」は出生率向上にあまり効果がないとされている。こうした政策の合理性を問う場合に、専門知識がなくても簡単に投げかける有効な「問い」がある。
楊井人文 2023.01.10
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「もはや一刻の猶予も許されない。国の対応を待つのではなく、都が先駆けて具体的な対策を充実させていかなければならない」ーー東京都の小池百合子都知事が新年早々、少子化対策として18歳までの都内の子ども1人あたり月5000円、所得制限なしの一律給付を始める方針を明らかにしました(NHKニュース)。

各メディアもこぞって取り上げましたが、この政策は本当に「少子化対策」に効果があるのでしょうか。岸田首相も年初から「異次元の少子化対策」に取り組むと表明し、さっそく具体的な検討案が報道され始めています。

実は、「効果があるのかどうか」という問いは、専門的に難しい論点も含まれるので一筋縄ではいかないのですが、それと同時に、専門知識がなくても私たちが簡単に提起できる「問い」があります。

それは「効果があるのかどうか、たえず科学的に検証しながら合理的根拠に基づいて政策を作っているのか」という問いです。

データ分析などを踏まえ、合理的根拠(エビデンス)に基づいて政策を作り、実施後に検証するという考え方を「エビデンスに基づく政策立案」(EBPM、Evidence-based Policy Making)といいます。この考え方も紹介しつつ、昨今の「少子化対策」論議やニュースを冷静に見る視点を提供したいと思います。

今回の記事の流れとポイントは次の通りです。

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① 予想を超えた少子化の「加速」

まず、少子化が加速している現状を確認しておきます。

よく知られている通り、出生率の低下は先進諸国に共通してみられる傾向です(社会実情データ図録参照)。「人口減少は悪いことばかりではない」という議論もありますが、急激な減少は現役世代の社会保障負担を増大させるといった問題が指摘されています

そこで、安倍政権は2014年に「50年後に1億人程度の安定した人口構造を保持する」という目標を掲げて対策を行う方針を決めました(2014年骨太の方針)。2060年ごろに「合計特殊出生率2.07」に回復すれば今世紀終わりまでに人口減少の歯止めがかかり、1億人弱の人口規模を保てる、という見通しが示されていました。

ところが、上向きつつあった出生率は2015年から低下に転じました。ここのところ出生率は急激に減少し、2022年の出生数は77万人に落ち込む見通しとなりました。予想より8年早く80万人割れとなったのです。

出生率低下の要因は色々あると考えられますが、やはり、人との接触を抑えようとした「コロナ対策」の影響は無視できないと思われます。

経済学者の仲田泰祐東大准教授らの共同研究によると、コロナ禍で失われた婚姻数は16.6万件、失われた出生数は14.7万件と推計されています。

同上

同上

月別出生数の推移をみると、コロナ禍の影響がより明確に浮き彫りとなります。1回目の緊急事態宣言直後の2020年5月から落ち込み、常態化していることがわかります(2022年の動向は人口動態統計速報参照)。

月別出生数の推移

長引くコロナ禍では、外出自粛呼びかけなど「行動制限」措置が繰り返され、特に「若者が感染拡大要因」という類のメッセージも幾度となく発せられました。

ANNニュース(2020年3月3日)より

ANNニュース(2020年3月3日)より

ある調査では、若者の半数が「恋愛がしにくくなった」と回答しています。「出会いの機会が減少した」だけでなく、気力喪失など心の問題も大きなウエイトを占めていたとみられます。

2021年の調査で、未婚の男女とも結婚意思が大きく減退していることも明らかになりました。もともと結婚意思の減退傾向はありましたが、先ほどの恋愛意欲の減退と関係して一段と加速した可能性があります。

コロナ禍によって社会全体、とくに若者を中心に広がったマインドが少子化の急激な加速につながることへの懸念は、多くの識者も指摘しているところです(NIRA「コロナ禍で懸念される少子化の加速」参照)。

ところが、岸田首相や小池知事をはじめ政治家やメディアは、少子化「加速」要因への言及を避けています。

本気で「異次元の少子化対策」に取り組むというのなら、まず、コロナ禍の自粛政策で社会を覆ったマインドをリセットし、若者に活力と希望を取り戻してもらうことにつながる明確なメッセージを、政治が発することが先決ではないでしょうか。

さもなければ、どんな対策を打っても、この強い押下げ要因と相殺され、少子化の加速傾向に歯止めをかけることはできないのではないかと懸念されます。

② 経済学の知見によれば「現金給付」はあまり効果がない

小池知事が新年早々打ち出した、東京都民の子ども1人あたり月5000円を、所得制限なしに一律に給付する方針が注目を集めました。

岸田政権も「非正規労働者らを対象とした子育て支援の給付制度」を創設するなどの案が検討されている、と報じられています

しかし、少子化対策はこれまで各国で多くの対策が試みられ、「エビデンス(合理的根拠)」に基づいた政策形成(EBPM)の観点からも研究も進んでいます。

少子化対策を研究し、『子育て支援の経済学』(日本評論社、日経・経済図書文化賞受賞)などの著書で注目を集めている経済学者の山口慎太郎・東大教授は、次のように指摘しています。

これまでの経済学研究を踏まえると、同規模の予算を投じた場合、手当や給付金といった直接的な「現金給付」よりも、保育所や幼稚園などの幼児教育やそれ以外の子育て支援サービスといった間接的な「現物給付」の方が、出生率の向上により効果をもたらす可能性が高い。

なぜ「現金給付」にあまり効果がないのか。簡単にいえば、子ども1人を育てる負担が大きい状況では、配られた現金は既存の子どものため(あるいは他の支出のため)に使われ、新たに子どもを増やすことにはつながりにくいということです。それに対して、「現物給付」(幼保無償化や待機児童解消のための施策なども含まれる)の方が効果が高いと分析されているのです。

より詳しい分析は、山口教授の論文などを参照していただければと思いますが、「現物給付でなければ、少子化対策に直接の効果はない」という指摘は、少子化対策に携わってきた元厚労省官僚の大泉博子氏もしていました。

ただ、日本では「現金給付よりも現物給付の方が効果が高い」という基本的な知見さえ共有されていないように思われるのです。

EBPMの考え方は内閣府も重視し推進すると言っているのですが(内閣府のホームページ参照)、取り入れているのはまだごく一部の政策のようで、少子化対策について取り入れられているという情報は確認できませんでした。

③「月5000円給付に効果はあるのか」とともに問われるべきことー「その政策は合理的根拠に基づいて作られたか」

もちろん現金給付が全く意味がないとは言いません。経済学者の竹中平蔵・慶應義塾大名誉教授のように高く評価する声もあります。

竹中平蔵
@HeizoTakenaka
小池知事が、子供に漏れなく月額5000円を支給するという政策を打ち出した。「個人ベース」で「無条件」(親の収入を問わない)に「定期的」に支給する姿勢は評価に値する。政府の誕生時一時金に比べると、桁違いに良い。これはベーシック・インカムに繋がる政策として、世界でも評価されるだろう。
2023/01/07 20:04
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しかし、これは「ベーシックインカム」という最低生活保障という政策としての評価であって、「出生率向上」の観点からの評価ではないように思われます。

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