「英国王の国葬に議会の承認」の誤情報はNHK由来だった 石破茂氏は発言訂正
安倍元首相の国葬について賛否両論が分かれる中、自民党の石破茂元幹事長が「エリザベス女王の国葬であっても議会の議決をとっている」と発言したことは事実誤認だったと訂正したことが、ちょっとしたニュースになりました。
▼石破氏「事実誤認でした」英女王国葬めぐり発言訂正し陳謝(TBS 2022/9/17)
この発言は9月13日、自民党の総務会で出たものです。政府の国葬の決定プロセスに野党などから批判が高まる中、自民党内からも苦言が相次いだとして石破氏の発言が取り上げられたのですが、本人みずから3日後にブログで事実誤認だったと訂正したのです。
結論からいえば、イギリスでは国王の国葬に議会の承認は不要で、エリザベス女王逝去による国葬は議会の承認なく実施することが決まっています。
今日は、このニュースについて3つの切り口から考えたいと思います。(1)なぜこのような誤情報が広まったのか、(2)なぜ誤情報と判明し訂正されたのか、そして(3)国葬の「法的根拠」をめぐる誤解とこの問題の本質について、です。
なぜこのような誤情報が広まったのか
石破氏はブログで次のように発言の誤りを認め、陳謝しました。
なお、先般メディアとの質疑で「英国エリザベス二世女王陛下の国葬においても英国議会の議決があった」と述べたことがあったのですが、国王や女王の国葬に議会の議決は必要がないとのことで、私の事実誤認でした。お詫びして訂正させて頂きます。大変失礼致しました。
では、なぜこのような事実誤認をしてしまったのでしょうか。
少し調べてみると、この誤情報の発端はどうやら、エリザベス女王が逝去する前にNHKが配信したニュースサイトの記事であった可能性が高いことがわかりました。
それは、9月7日に「各国の国葬ってどうなっているの? 気になって調べてみました」というタイトルで、アメリカ・イギリス・オーストラリア・韓国・中国・南アフリカの6か国の国葬を比較した記事です。
法律で規定されている国や、「慣習」として行っている国などさまざま。
アメリカ・イギリス・オーストラリア・韓国・中国・南アフリカの6か国について調べてみました。
www3.nhk.or.jp/news/special/i… 各国の国葬ってどうなっているの? 気になって調べてみました | NHK 各国の「国葬」はどうなっているのか。アメリカ・イギリス・オーストラリア・韓国・中国・南アフリカの6か国について調べてみま www3.nhk.or.jp
こうした国別に制度を比較する記事は、海外特派員も多くいる大手メディア、公共放送ならではの価値ある記事だと思うのですが、「イギリス」について、冒頭で
「国葬」は、王室や特別な功労者を対象に行われ、議会の承認が必要です。
それとは別に、女王の同意だけが要件とされている、「儀礼葬」と呼ばれる国葬に準じる葬儀があります。
と解説していたのです。
これは不正確でした。実際は、議会の承認が必要になるのは「国王以外の人物」を国葬にする場合であって、「国王」を国葬にする場合は議会の承認は必要ないのです(詳しくは後述)。
ところが、エリザベス女王の逝去が伝えられた9月9日頃から、これを信じてしまった人たちが次々と記事をシェアし、「女王の国葬にも議会の承認が必要」という情報がじわじわ広がり始めました。そして立憲民主党の蓮舫参議院議員などの著名人が引用して、一気にネット上で広がったようです。
www3.nhk.or.jp/news/special/i… 各国の国葬ってどうなっているの? 気になって調べてみました | NHK 各国の「国葬」はどうなっているのか。アメリカ・イギリス・オーストラリア・韓国・中国・南アフリカの6か国について調べてみま www3.nhk.or.jp
安倍元首相の国葬に批判的な立場の人たちからすれば、「イギリスの女王でさえ議会の承認が必要なのに…」という情報は、自らの主張を補強してくれるものに映ったため、疑問なく受け入れて広めてしまったのでしょう。
ただ、このNHKの記事は女王逝去の前に書かれたので、「今回の女王の国葬に関して議会の議決がとられた」という内容ではありません。ところが、ネット上では「議会の承認が必要」という情報がいつのまにか「議会の承認がとられた」という情報に置き換わり、石破氏はその情報をうのみにして自民党総務会で発言してしまったようです。
そして、この石破氏の発言をTBSが「速報」し、ニュースサイトにも配信されると、今度は安倍元首相の国葬に批判的なジャーナリストたちも次々と拡散させていきました(例)。
インパクトがあったのはTBSですが、朝日新聞などもこの発言を伝えていました。
TBSがツイッターで配信したニュース記事(2022年9月13日)
なぜ誤情報と判明し訂正されたのか
ではどのようにして誤情報だと判明したのか。「イギリスの国王の国葬に議会の承認は必要ではない」ということは、専門家なら知っていることかもしれませんが、専門家でない人はなかなかわからないでしょう。
もちろん私もわかりませんでしたが、ネット上でこの言説を目にした当初から「本当だろうか?」と疑問に思っていました。その理由は3つありました。
(1)この言説を拡散している人たちが(NHKの記事以外に)明確な根拠を示していなかったこと。
(2)女王の逝去直後からイギリスは服喪に入り、国葬を行うと報じられていたので、そんな短時間で、議会で審議して承認手続きをとれるだろうか、そもそも国王を国葬にすべきかどうかを本当に議会で議論して決めるのだろうか、という素朴な疑問もあったこと。
(3)ネット上で少し調べみた限りでは、女王の国葬について議会で審議・承認したという情報が見つからなかったこと。
その後しばらくして、石破氏の発言が報じられると、私の疑問は「事実誤認の疑いが強い」に変わりました。これも理由は3つありました。
(4)同じ日、毎日新聞が英国の国葬事情に関する記事を配信し、「王以外は議会同意必要」と指摘されていたことから「国王は議会同意不要」ではないかと推測されたこと。
mainichi.jp/articles/20220…
英国では女王や国王以外も国葬となる場合があります。英メディアによると、王以外の人物を国葬とする場合、王室と議会の同意が必要だといいます。英国の国葬事情をまとめました。 英国「国葬」事情 ニュートン、チャーチルも…王以外は議会同意必要 エリザベス英女王の「国葬」(state funeral)が19日に首都ロンドンのウェストミンスター寺院で行われる。英国 mainichi.jp
(5)石破氏の発言を報じたTBSの記事タイトルが大幅に書き換えられ、「女王様であっても議会の議決をとっている」という発言がカットされていたことに気づいたこと(大手メディアは事実誤認の疑いがあると上書き修正することがよくある。私の指摘ツイート)。
(6)改めて少しリサーチしてみると、英国の国葬事情を詳しく解説した記事が見つかり、議会の承認があれば国王以外の人物も例外的に国葬にできることが、英議会の資料を引用する形で解説されていたこと(朝日新聞GLOBE+ 9月12日配信)。
そこで、私は、誤情報である疑いが強まったと考え、事務局長として運営にたずさわっているファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)の「疑義言説データベース」にこの情報を登録しました(9月13日夜)。
ここに登録すると、ファクトチェック活動に取り組んでいる新聞社はじめ、メディア・団体の記者らに通知されます。毎日数多く登録されていますが、どの疑義言説についてファクトチェックを実施、記事化するかは、各メディアの判断に委ねられています。
今回の案件はNPOメディア・InFact(インファクト)の田島輔記者が調査に着手しました。国葬に関する資料を作成していた英国庶民院図書館(House of Commons library)に取材メールを送ると、驚いたことに、すぐに明確な返信がきたといいます。
故エリザベス二世女王陛下の国葬に議会の承認は必要ありません。結論としては、両院(※庶民院と貴族院)で可決された動議や決議はありません。
これを踏まえ取材の質問状を送ると、石破氏もすぐに反応。9月16日にブログを更新し、事実誤認を認めました(昨今、なかなか誤りを認めたがらない政治家が多い中でも、模範的な対応でした)。翌日TBSは、InFactの調査で訂正に至った経緯も含めて報じました。
TBSは4日前に石破氏の発言をそのまま報じてしまった手前、この続報によって事実上の訂正という形をとりたかったのかもしれません。ただ、TBSは記事を全面的に書き換えた時点で、事実誤認の「疑い」に気づいていたはずです。本来はきちんと調べ直して訂正を出すべきだったでしょう。
現時点で、石破氏の訂正を伝えたのはTBSだけのようです。石破氏の発言を取材で知りながら報道していなかった他の大手メディアは、なぜ見て見ぬふりをしているのかも疑問です。
もしInFactがファクトチェック記事を出していなければ、誤解が広まったままだったに違いありません。現に、誤情報の発端となったNHKの記事や、TBSと同様に石破氏の発言を報じた朝日新聞の記事、ネット上で拡散された著名人たちの言説もほとんど訂正されていないのです。
国葬をめぐる議論の本質とは
もっとも、そのイギリスでも、国王以外の人物については議会の承認が必要なのではないか、その点、石破氏が問題点を指摘した意義は必ずしも失われていないのではないか。そう思われる方もいるでしょうし、もちろん、ある意味ではその通りです。
ファクトチェックは、石破氏の主張や立場を否定、批判するためのものではありませんし、国葬についての賛否の立場とも関係なく、ただ、それが事実に基づいているかどうか、それだけに焦点をあてて検証する営みだからです。
では、今回のファクトチェックは、国葬をめぐる議論には全く何も影響しない、さまつな事実の指摘にすぎないかというと、そうでもありません。
これ以降の議論は、法解釈も含め、単純なファクトの問題ではないため、賛否があり得ることは承知していますが、私が気になるのは、法的議論と政治的議論がかなり混同されているようにみえることです。特に「法的根拠」をめぐる議論は、専門的なのでわかりにくいこともあり、誤解があると感じています。
国葬の方針が発表されてまもない初期の段階で、私はYahoo!ニュースに論点を整理した記事を出し、広く読まれましたが、これも少し補足・修正が必要と考えています。今回は長くなってしまったので、「国葬の『法的根拠』をめぐる誤解とこの問題の本質」については、次回お伝えすることにします。
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