【ニュースウオッチ9問題】不可解な説明を揺るがす5つのファクトとBPO審議の焦点
NHKが5月15日、COVID-19ワクチンの接種後死亡者の遺族について誤解を与える放送をした問題で、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会が調査を開始することを決めました。
NHKはすでに不適切だったと謝罪しています。ただ、放送に至る経緯については、正確に説明をしていない疑いが出ています。BPOの委員長も、NHKから納得するような報告が出てこなかったと厳しく指摘。遺族側もNHKの説明に強く反発しています。
今回の記事では、①問題発覚後のNHKの説明内容、②NHKの説明を揺るがす5つのファクト、それを踏まえて考えられる複数の仮説を明らかにし、③BPOの審議の焦点について解説します。
問題の放送とその後の謝罪の経緯は、Yahoo!ニュース個人の既報でご確認ください。
本編は少し長くなりますので、最初に記事のポイントをお伝えします。
『楊井人文のニュースの読み方』は、今話題の複雑な問題を「ファクト」に基づいて「法律」の観点を入れながら整理して「現段階で言えること」を、長年ファクトチェック活動の普及に取り組んできた弁護士の楊井がお届けしております。
この記事はサポートメンバー限定で配信しています。サポートメンバーに登録すると、楊井の取り組みを直接サポートいただけ、過去のサポートメンバー限定記事もご覧になることができます。
問題発覚後、NHKが説明した経緯
問題となっているのは、5月15日放送の「ニュースウオッチ9」。約1時間の看板ニュース番組ですが、番組エンディングで流された「新型コロナ5類移行一週間・戻りつつある日常」というVTR(約1分)です。
3人の遺族が登場し、「いったいコロナって何だったんだろう」「遺族の人たちの声を届けていただきたい」といったコメントが代わる代わる流れていき、テロップでは遺族が実名で紹介されていました。3人ともワクチン接種後死亡者の遺族としてその事実を訴えるために取材に応じていたのですが、放送ではそのことに全く触れられず、コロナ感染死の遺族であるかのように扱われてしまいました(放送内容は取材の窓口となった鵜川氏のTwitter投稿参照)。
放送直後から遺族側の抗議を受け、NHKは翌日の番組で適切ではなかったとして、謝罪しました(キャスターの発言全文はYahoo!ニュース個人の記事を参照)。
NHKニュースウオッチ9番組公式ページには6月10日現在、おわびが掲載されている。
NHKは一連の謝罪の中で「取材でワクチン接種後死亡した方の遺族だと認識していたこと」「ワクチンが原因で亡くなったという遺族の訴えがあるのに伝えなかったこと」については、すでに認めています。
そうすると、次のような疑問が当然にわいてきます。
-
取材でワクチン接種後死亡者の遺族と認識していながら、なぜ、その事実や訴えを伝えなかったのか?故意に事実をねじ曲げたのではないか?
-
担当者はもともとワクチン被害の訴えを取り上げるつもりで遺族を取材をしたのか?それとも最初から遺族の訴えを取り上げるつもりがなく、都合の良い映像素材を得るためだけに取材したのか?
国会や記者会見で「取材過程でワクチン接種後死亡した方の遺族と認識」と説明
今回の経緯について、NHKは、放送から1週間後の5月22日、国会でこの問題が取り上げられた際、次のように説明しました。
担当者はNPO法人を通じてご遺族を紹介していただき、取材の過程でワクチン接種後に亡くなった方のご遺族だと認識いたしました。番組はコロナ禍で亡くなったご遺族の思いを伝えるという考えで放送しましたが、適切ではありませんでした。
参議院で答弁するNHKの山名専務理事・メディア総局長(参議院インターネットテレビより)
また、5月24日の定例会見で、NHKは次のように説明しました(私は会見取材を申し込んだものの記者クラブメディアでないとの理由で拒否されたため、各社報道を引用)。
NHKによると、今回の放送は普段取材活動を行わない映像制作担当の職員が、コロナ禍で亡くなった人の遺族の思いを伝えたいと提案。職員は遺族を紹介してくれる団体を自ら探し、取材に赴いたが、その時点で接種後に亡くなった人の遺族と知った。しかし、「コロナ禍で亡くなったという形で伝えていい」と判断し、放送に至ったという。
NHKによると、取材したのは、ニュースウオッチ9で映像を編集している映像制作の職員。「日常が戻りつつある中で、コロナ禍を忘れない」という趣旨で提案した。コロナの遺族取材は初めてで、「取材した当日に遺族がワクチン接種後に家族を亡くした方だと認識していたが、コロナ禍で亡くなった方という意味で放送した」と説明しているという。
NHKによると、今回のVTRを企画し、取材したのは、同番組の編集を担当する映像制作の職員。NHKが聞き取りをしたところ、この職員は団体のホームページに「ワクチン被害者の会」とあることは認識していたが、「どのような遺族を紹介してもらえるかは事前には聞いていなかった」といい、取材当日に「3人がいずれもワクチン接種後に亡くなった方のご遺族だと改めて認識した」という。
一方で、VTRでワクチン接種後に亡くなった人の遺族であることを明示しなかった点については、「認識していたが、そうであっても『コロナ禍で亡くなった方の遺族』だとして放送してしまった」といい、NHKは「判断、伝え方のいずれも適切ではなかった」との見解を示した。
NHKによると、取材したのは記者やディレクターではなく、映像の編集担当職員。番組の最後に流す約一分間の映像に、新型コロナが五類に移行し日常が戻る中でコロナ禍を振り返る内容を提案した。コロナ禍で亡くなった人の遺族の思いも伝えようと、団体に連絡して遺族三人を紹介してもらった。
団体のホームページに「ワクチン被害者の会」と書いてあることは認識しており、ワクチン接種後に死亡した人をコロナ禍で亡くなった人として伝えても問題ないと判断し、取材したという。
各社報道をまとめると、NHKの説明内容はこうなります。
この説明を聞けば、ワクチンに関する立場と関係なく、ほとんどの人が「ワクチン被害者の支援団体にわざわざ取材しておきながら、なぜその根幹の事実を伏せて放送したのか」「そんな放送をすれば怒りを買うことは当然予見できたのではないか」といった疑問をもつのではないでしょうか。
取材当日になって接種後死亡者の遺族と認識したという説明も、あたかもワクチン接種とは無関係な遺族が紹介されるという「現実的にあり得ない期待」をもって取材していたかのようで、非常に不自然な説明です。
BPOの委員も「納得するような答えがない」と指摘
NHKは6月6日付でBPOに報告書を提出していました。
その内容は明らかにされていませんが、放送倫理検証委員会の小町谷育子委員長(弁護士)は「どうやって取材を始めたのか、なぜ団体の方にアプローチすることになったのか、編集の段階でどうしてこれがスルーされたのか。報告書を読んでも納得するような答えがなかった」(朝日新聞)、「かなり話を聴かないと事実関係が分からない」(共同通信)などと厳しく指摘し、審議入りを決めたことを発表しました。
BPOに対する報告書も、上記のストーリーに沿って、肝心な部分を曖昧にした内容だったのでしょう。
NHKはニュースウオッチ9でBPOの審議入りを報じましたが、報告書を提出したことや小町谷委員長のコメントは触れていませんでした。
次に、これまで公開されてきた情報の中から重要なファクトを拾い出し、NHKがこれまでしてきた説明の問題点を検証していきます。
2023年6月9日放送のニュースウオッチ9の一画面(筆者撮影)
放送までの経緯
すでに、取材を受けた団体側から取材過程に関して多くの情報が公開されていますので、それで明らかになっている固いファクトを時系列でまとめておきます(取材を担当した職員は「M」と表記します)。
【放送前】
〈5月8日〉COVID-19の法的位置付けが「5類感染症」に移行。
〈5月9日〉NHK職員M氏が、ワクチン被害者遺族の支援活動をしているNPO法人「駆け込み寺2020」のサイトから代表の鵜川和久氏に取材申込。
〈5月10日〉M氏が「取材要項」を鵜川氏に送る。
〈5月13日〉NPO法人の事務所(京都)で、M氏らスタッフらが遺族3人にインタビュー。鵜川氏が取材時の写真とともに、15日放送予定の予告をTwitterに投稿。
〈5月15日〉放送当日午前、鵜川氏が取材模様のダイジェスト版をTwitterに投稿(9:42)。午後の放送直前にも投稿(21:32)。
【放送後】
〈5月15日〉21時放送のニュースウオッチ9のエンディングで、遺族が登場する約1分間のVTRを放送される。
放送後まもなく、鵜川氏にM氏から電話があり、抗議の意思を伝える(週刊現代)。鵜川氏は「これはコロナで亡くなったとしか捉えられない」と抗議のメッセージを、放送内容の動画とともにTwitterに投稿(22:20)。
〈5月16日〉ニュースウオッチ9の番組ホームページ、Twitterで謝罪。夜の放送でも謝罪。
NHKの説明を揺るがす5つのファクト
ここから、NHKのこれまでの対外説明を揺るがす可能性があると、私が着目した5つのファクトを順に説明していきます。
(この後の内容)