「5類になったら…」不安を煽る根拠不明言説が拡散

岸田政権が「5類移行」の方針を表明したが、ネットなどで移行のデメリットを強調する真偽・根拠不明な言説が多数拡散した。5類移行により確実に言えることとそうでないことを整理する。
楊井人文 2023.01.29
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岸田首相が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の法的位置付けを「新型インフルエンザ等感染症」から「5類」に移行させる方針を発表しました。

ただ、メディアが「5類移行」の見通しを伝え始めた途端、ネット上に「5類に移行したらこんなにデメリットがある」という不安を煽る言説から「損するのは国民」という冷笑的な発言までが飛び交い、それが大手メディアの報道にも伝播しました。結局、移行時期は3ヶ月以上先の5月8日となりましたが、この間に流布された言説や情報に根拠はあるのか、ファクトベースでまとめてチェックします。

また「5類移行」で実際にどうなるのか、いま確実にいえることと、そうでないことを切り分けて整理しておきたいと思います。

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『楊井人文のニュースの読み方』は、今話題の複雑な問題を「ファクト」に基づいて「法律」の観点を入れながら整理して「現段階で言えること」を、長年ファクトチェック活動の普及に取り組んできた弁護士の楊井がお届けしております。

大手メディアが報じる内容やインフルエンサーの発言をうのみにせず、事実や法律に基づいた重要な論点を知っておきたい方に向けて、だいたい週1本以上のペースで執筆することを目指します。

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「医療費が有料になり、公助ではなく自助となり、弱者切り捨て」→ミスリード

現在、入院や検査にかかる医療費は、全額公費負担となっていますが、これは例外措置です。「5類」に移行すると、他の病気と同じように通常の一部自己負担の扱いになります。

医療保険が適用されますので、自己負担分は原則3割です。COVID-19でリスクの高い高齢者は原則1〜2割負担、生活保護受給者は全額公費負担です。

一部報道で、80代女性について投薬費用の自己負担が「3割」と書かれたものもありましたが、この方が現役並み所得者であればその通りですが、そうでなければ誤りです。

一部自己負担への移行をもって「公助ではなく自助、弱者切り捨て」というなら、COVID-19と関係なく、現在の医療保険制度全体を同じように評価しなければ、辻褄があいません。

5類移行後も、必要であれば、立法措置により、全額公費負担を当面継続するということは可能です。実際、医療界などから公費負担の継続を求める声があり、政府は当面継続させる方向で検討していると報じられています。

ただ、全額公費負担はあくまで例外的な措置です。それが3年も続いて、膨大な感染者の医療費・ワクチン接種費をすべて公費で賄ってきわけです。それがよいのかどうかは、まさに政策判断の問題です。

次のとおり、自己負担ゼロのため無駄な使われ方をしており、一部負担に移行した方が適正化が図られるという指摘もあり、冷静な議論が求められるでしょう。

現在も、不必要に検査が行われていたり、過剰に治療薬が処方されている場面も少なくありません。・・・公費でなくなれば、必要性が高い事例に検査や治療が行われることが多くなり、検査や治療の適正化が起こるかもしれません。

「水際対策ができなくなる」→誤り

水際対策とは、海外から感染症の流入を防ぐ「検疫」措置のことを指します。具体的には、検査をして、感染の疑いのある入国者を隔離する、という措置です。

「5類」に移行したら原則として「検疫」をしなくなる、というのはその通りです。検疫法で、「検疫」を行う対象は1類・2類・新型インフルエンザ等感染症などに限られています。

ただし、5類移行後も、必要であれば例外的に「検疫」の対象に指定することができます。政令で指定できるので、法改正は不要です(検疫法34条)。ですから「5類になれば水際対策は基本的に行わなくなるが、やろうと思えばできる」であって「できなくなる」は誤りです。

ただ検疫は本来、国内でまだ蔓延しておらず、検疫をすれば封じ込められるステージで行うものです。すでに多くの国で検疫を取りやめたか、大幅に緩和しています(アジア欧州)。

日本の検疫もかなり形骸化しています(現在の水際政策)。接種証明書の提示があれば検査なしで入国できます。中国からの入国者だけ検査対象となっています。それも続けようと思えばできなくはありませんが、おそらく続ける意味はないと判断され、撤廃されるのではないかと考えられます。

「感染者がもっと増える」→根拠不明

5類に移行すると、法律上、濃厚接触者の特定・隔離や、感染者の自宅療養の要請がなくなります。水際対策も原則として行われなくなります。そのため、市中の感染者が増え、感染が拡大しやすくなると懸念する声があります。

しかし、昨年9月下旬から、発生届の対象や、濃厚接触者をあぶり出す積極的疫学調査の範囲を、65歳以上や妊婦、要入院者、重症化リスクのある者などに絞り込み、それ以外は検査や届出の必要がなくなりました。水際対策も検査や隔離はほとんど行われていません(主な措置の変遷についてはこちら)。

5類移行により法律上の措置がさらに緩和されることは確かですが、COVID-19の増減の要因は解明されておらず、「こうすればこうなる」というほど単純なものでないことは明らかです。完全に規制を撤廃した国がどこでも感染者が増え続けているというわけでもありません。専門家といえども、5類移行でどうなるかは確たる予測はできず、必然的に「感染者が増える」かのような言説は、根拠不明と言わざるを得ないのです。

***この後の主な内容***
「医師の応召義務がなくなり、COVID-19患者を診なくてよくなる」→誤り
「入院調整がなくなる」→不正確
「受入れ病院が減る」→根拠不明
「5類移行とマスクは全く関係ない」→誤り
(まとめ)5類移行で確実にいえること、確実でないこと

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続きは、5361文字あります。
  • 5類移行で確実にいえること、そうでないこと

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