【ニュースウオッチ9問題】BPO「放送倫理違反」の意見書公表 会見の質疑で明らかになったこと
NHKニュースウオッチ9が、ワクチン接種後に死亡した人の遺族を感染死の遺族であるかのようにコメントを編集し、放送した問題で、独自に調査を行っていた放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が12月5日、意見書を公表しました。
意見書は「放送倫理違反」があったと結論づけましたが、NHK自身が不適切な放送だったと繰り返し謝罪し、懲戒処分も出しているため、当然予想されていた結論でした。
今回の注目点はむしろ、なぜこのようなことが起きたのか、NHKがこれまでしてきた不可解な説明に対してBPOがどこまで真相・真因に迫れるか、でした。
BPOの意見書について伝えたNHKニュースウオッチ9のワンシーン(2023年12月5日放送)
私が読んだ感想を結論からいうと、意見書が認定した事実経緯自体は、NHKが従来してきた説明をほぼ踏襲するものだった、一方でNHKの説明に疑問符を残す新事実も明らかにし、担当職員個人よりも組織全体のあり方に焦点を当て厳しい指摘もなされていたので評価できる面もある、ただいくつか重要なポイントが抜け落ち、真相解明には程遠い内容で、BPOの調査能力の限界が露わになった面もある、こう考えています。
私は記者会見に出席し、いくつか質問する機会を得ました。委員がやや踏み込んで答えた内容も含め、今回の意見書のポイントを解説します。
なお、問題となった放送の内容や謝罪の経緯や、NHKが公表した報告書の内容、その問題点については、説明を省略しますので、以下の記事などでご確認ください。
【この記事の主な内容】
(1)BPO意見書の要点
(2)取材に協力した遺族らのコメント全文
(3)記者会見のポイント
〜 以下、続報予定 〜
(4)意見書の読み方 〜 NHK報告書の問題点と真相解明にどこまで踏み込めたか
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BPO・放送倫理検証委員会の意見書(2023年12月5日公表)
(1)BPO意見書の要点
BPO・放送倫理検証委(委員長:小町谷育子弁護士)が公表した意見書は全部で17ページ。まず、その要点をまとめておきます。(以下、取材・制作を担した担当職員を「M」とします。意見書では「担当者」と表記。太字は、NHK報告書には記載されていない事実関係)
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委員会が認定した主な事実
① 取材過程
● Mは、取材申込時点で、コロナワクチン被害を訴える遺族等が参加する団体と認識し、上司に提出した提案票には、映像構成要素として「コロナワクチンで夫を亡くした遺族インタビュー」と記載していた。ただ、絵コンテには「コロナウイルスで夫を亡くした女性」と書かれていた
● Mは、他の記者からワクチン副反応の問題は慎重になった方がいい、ワクチンの問題を訴える遺族の声は大事だと思うから上司らとよく相談して進めるべき、との趣旨の助言を受けたが、Mはワクチンの問題には言及しないと返答し、取材ロケ(5月13日)の前に「ワクチンの問題を取り上げない」と決めた
● Mは取材ロケ当日に、遺族にワクチンの問題を扱わないことを説明したと証言。遺族は3人とも、そのような説明は受けなかった、もしそのような説明があれば取材を受けなかったと証言
② 放送前の編集・試写過程
● Mは、1回目の試写で参加した上司らに、ワクチン接種後死亡の遺族であるが、ワクチンについて取り上げないことの了解を得ていると説明したと証言。やりとりを聞いてワクチン接種後に亡くなった遺族と気づいて驚いたスタッフもいたが、大半はそのような説明を聞いたことを否定
● 1回目の試写で表示されていた「NPO法人駆け込み寺2020」の団体名について、Mは「遺族の相談窓口」と説明。1つの団体だけ紹介すべきでないという指摘があり、削除されることになった
● Mは、インタビュー文字起こしを試写前に局内システムで共有していた。これに事前に目を通していた管理職(ツイッター編責)がいたとの複数の証言はあるものの、本人は否定
● 担当デスクは1回目の試写後に文字起こしを読んだが、他の関係者には共有しなかった -
委員会が指摘した主な問題点、評価
① 担当者は、感染して亡くなった人とワクチン接種後に亡くなった人の違いは分かっていたが、「広い意味でコロナ禍で亡くなった人に変わりはないだろうと考えた」と説明しているが、「にわかには信じがたい説明」で、「こうした認識は、ニュース報道の現場を担う者としてあり得ない、不適切なものだったと言わざるを得ない」
② 取材申込の経緯から「ワクチンの問題を伝えてくれるだろう取材相手が期待するのは当然」であり、「ワクチンの問題を扱わないという説明が遺族3人に対して事前になされたかは疑問がある」
③ Mは取材対象やインタビュー内容について担当デスクに報告、相談しておらず、担当デスクも報告を求めず「取材についての管理・監督を疎かにしていた」
④ 取材経験やノウハウが十分でなく不安を抱えながらも、「組織内で十分なサポートやバックアップを受けられず、孤独に取材を進めていた」ことから「職場内での経験やノウハウの共有、サポートの在り方が問い直されなければならない」
⑤ 編集責任者らはワクチン接種後に亡くなった遺族とわかっていれば本件放送を直ちに中止していただろうと語っており、「ちょっとした確認がなされなかったことが重大な結果を招いた」。担当者が適切な報告や相談を怠っていたという事情があったとはいえ「組織体制の在り方が厳しく問われなければならない」
⑥ 短いエンドVの中で「大切な家族を亡くした3人の遺族の声を一言ずつ切り取って、合計わずか24秒で伝えるという編集の仕方それ自体に問題があった」「どのような経緯で亡くなった人の遺族であれ、ニュース番組における『人の死』の伝え方として、それはあまりにも『軽かった』のではないか」 -
委員会による本事案の評価
① 本件放送は「インタビューに登場した人物の属性を事実と異なる形で伝えるという、ニュース報道の基本を大きく踏み外したもの」で「基本情報を誤って伝えることによって視聴者を欺いただけでなく、取材に協力した3人の遺族の心情を深く傷つけるという結果を招いた」
② NHK放送ガイドラインの「正確」「企画・制作」「取材先との関係」の各項目に反しており「放送倫理違反」があったと判断 -
委員会の主な進言
① 早期に3人の遺族に対する直接の面談や謝罪が実現に向かうことが望まれる
② ニュースに対する感覚、ジャーナリズムに関わる感度の底上げが焦眉の課題
③ 提案権が様々な部署や職種に開かれていることは基本的に良いことであり、挑戦的で意欲的な提案が出にくくなるような雰囲気が職場内に生まれることがないようにしてほしい
右から、取材を受けた遺族の佐藤かおりさん、河野明樹子さん、青山雅幸弁護士、取材対応窓口となったNPO法人理事長、鵜川和久氏(2023年7月5日、BPO申立ての記者会見、筆者撮影)
(2)取材に協力した遺族らのコメント全文
BPOの意見書公表を受け、取材に応じた遺族らがコメントを発表しました。その全文を掲載します。なお、遺族らは、BPOの放送人権委員会に申し立てをしており、そちらはまだ審理が本格化しておらず、改めて来年以降に見解が発表されるとみられます。
【ご遺族 佐藤かおりさん】
今後、いかなる報道においても今回のような事がないようにしていただきたいと強く感じています。
【ご遺族 河野明樹子さん】
はっきり言ってNHKは言い訳ばかりです。BPOの意見書にあるとおり、大切な家族の死を訴える3人の遺族の言葉を、合計わずか24秒で伝えるなどあり得ないことです。私たち遺族は飾りではありません。また、コロナ感染症での死と、コロナワクチン接種死亡との違いもごちゃ混ぜにして報道するなどあり得ないものであり、NHKのあまりに杜撰な番組作りは許せません。
インタビューの時に、NHK担当者は、世間がコロナを忘れることによりこの問題を風化させてはいけないと言いましたが、放送を見て、自分達がワクチン接種後死亡の問題を風化させたいのではと感じました。
NHKは、委員会が指摘されているように人の命、そして死をあまりに軽く見ていると感じざるを得ません。
【取材窓口として対応したNPO法人駆け込み寺2020理事長 鵜川和久さん】
BPO放送倫理検証委員会の意見書を拝見いたしました。
NHK担当者の浅はかで思慮の無い行動と言動は許せるものではありません。私は、放映されたテーマにあった「5類になっても風化させてはいけないとの思い」と「忘れてはならない出来事」と言った内容の説明を受けました。担当者は、「大きく取り上げる」と言った表現を取っていましたし、「この問題を継続して報道していきたい」との意気込みも伝えられました。
しかし、実際に放映されたのは、その言葉とは大きく異なったものであり、たった24秒で語れるわけもない悲劇や残された家族の心情は伝えられることもなく、ご遺族は裏切られてしまいました。
NHKが「大きく言えばコロナ禍で亡くなった」とごまかして放映したことには憤りを隠せません。
この問題は意見書でも触れられていたように別枠で放送すべき内容であり、NHKには真摯な反省の下、そういった内容の番組を制作し、報道して頂くことを要望いたします。
BPO放送倫理検証委員会の記者会見(2023年12月5日、筆者撮影)
(3)記者会見のポイント
記者会見は、委員長の小町谷育子弁護士、今回の事案を担当した2名の担当委員、元NHK職員で日本大学の米田律教授と大村恵実弁護士のあわせて3名が出席して、約1時間行われました(委員の経歴はこちら)。
会見のポイントは次のとおりです(*印が私がした質問)。