上野千鶴子氏 “文春砲”への反論記事にみる危うい法理解

フェミニズムの旗手として婚姻制度を批判してきた上野千鶴子元東大教授が「入籍していた」という“文春砲”に対して先週、反論記事が掲載された。「日本の法律が家族主義でなければこんな思いをしなかった」と婚姻届を出した経緯を説明しているが、法制度に関する誤解もみられる。
楊井人文 2023.03.26
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先月、週刊文春が「おひとりさまの教祖 上野千鶴子氏が入籍していた」と題する記事を掲載し、さまざまな反響がありました。その後、このニュースレターで、「入籍=結婚」とは限らず、文春の記事だけでは、養子縁組の可能性を否定できない点を指摘しました。

その上野氏が『婦人公論』に反論記事を寄せ、相手の方と「婚姻届」を出していたことなどの事実関係を明らかにしました(上野氏は実名で書いていますが、ここでは「X氏」と表記します)。

上野千鶴子氏の「緊急寄稿」が掲載された『婦人公論』4月号より

上野千鶴子氏の「緊急寄稿」が掲載された『婦人公論』4月号より

ところが、上野氏の反論記事は、法制度について正しい理解に基づいて書かれているところもあれば、誤解に基づく記述もありました。

上野氏のプライバシーに深掘りするつもりはありませんが、関係する法制度について解説しつつ、今回の文春砲をめぐる問題点を改めて整理しておきたいと思います。

(今回のポイント)

▽ 週刊文春が「入籍」と書いたのは間違いだった、と言えるのか?
▽ 文春は、上野氏の「婚姻」の事実を事前に把握していたのか?
▽ 「日本の法律の家族主義」のせいで「赤の他人は死亡届を出せない」などの指摘は正しいか?
▽ 上野氏の婚姻届の提出は法的に問題にならないのか?
▽ 反論記事を掲載した『婦人公論』の見解は?

以下の記事で解説したことを前提に話を進めますので、あわせてお読みください。

***

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上野氏の反論記事の問題点

『婦人公論』に掲載された上野氏の記事は「緊急寄稿『文春砲』なるものへの反論 15時間の花嫁」というタイトルがつけられています。このタイトルから、上野氏とX氏との関係は「養子縁組」ではなく「婚姻」だったことが読み取れます。

私は、上野氏のこれまでの婚姻制度に対する言動からみて、「養子縁組」を選んだ可能性も十分あると思っていましたが、実際は「婚姻」を選んだということで、やはり驚きました。

全部で4ページあり、X氏との出会いから、介護をしつつ、最期の看取りをしたことまで書かれています。ここでは必要最小限の引用にとどめますので、関心のある方は一読されるとよいかと思います(雑誌もしくは「dマガジン」という有料アプリで読めます)。

婚姻届は出したが「入籍」は間違い?

上野氏は反論文の冒頭、文春の記事について「間違いも含まれるので、ふりかかる火の粉は払わなければならない」と書いています。そして、自分は「おひとりさま教祖」ではなく、おひとりさま教を発案したことも広めたこともないし、「入籍」という言葉は間違いで、正確には「婚姻届を提出した」と書くべきだったと指摘しています。

事実関係としては、上野氏は、介護をしていたX氏と話し合って「養子縁組」と「婚姻」の2通りの届出を事前に用意したうえで、死の間際に婚姻届を提出し、翌朝亡くなったとのことです。記事タイトルのとおり、「正味15時間の婚姻関係」だったようです。

辞書には「男女が婚姻届を出して新しい戸籍を作り、そこに入る」という意味も載っているため、婚姻届を出していたのであれば「入籍」という表現も間違いとは言い切れません。

ただ、厳密な意味で「入籍」ではないという上野氏の指摘は、戸籍制度の仕組みを踏まえると、正しいと言えます。

婚姻届を出すと、原則として、親の戸籍から抜けて夫婦の新しい戸籍が作られるため、必ずしも「一方の戸籍に入る」わけではありません(以下の図)。

(筆者作成)

(筆者作成)

婚姻しても、新しい戸籍が作られないケースもあります。

たとえば、相手が再婚者で、その姓を名乗るときーー相方は初婚のときに親の戸籍から抜けているので、前の配偶者と死別した場合であれ離婚した場合であれ、改姓しする側が相方が登録されている戸籍に入る形となります。改姓しない側は元の戸籍のままです(以下の図は、再婚の夫の姓を妻が名乗る場合)。

(筆者作成)

(筆者作成)

上野氏のケースでいうと、X氏は前の妻と死別していたので、上野氏がX氏の姓を名乗る形で結婚した場合は、X氏(が筆頭者)の戸籍に入る形=「入籍」となっていたはずです。

ところが、上野氏の反論記事によると、実際は、X氏が上野氏の姓を名乗る形で婚姻届を出したとのことです。ですから、上野氏を筆頭者とする新しい戸籍が作られたか、すでにある上野氏の戸籍にX氏が入ったかのいずれかになります。だから「上野氏が(X氏の戸籍に)入籍した」という文春の報道は間違いだという上野氏の指摘自体は、その通りといえばその通りなのです。

文春は婚姻日を把握していた?

さらに、上野氏は、文春に対し「そこまで調べたのなら(婚姻の)日付を書くべきだろう」とも言っています。

ですが、文春側は詳細な事実関係を把握していなかったからこそ「入籍」という曖昧な表現でごまかした可能性が高いでしょう。

文春砲は、公開情報である不動産登記から、上野氏が亡きX氏の相続人だったことを突き止めたことを明らかにしていましたが、この登記情報からは「相続」という記載しかなく、婚姻関係だったのか養親子関係だったのかは記載されていないのです。

一方、戸籍情報は個人情報保護が厳しいこのご時世に、そう簡単に手に入るものではありません。仮に入手していても、その事実を記事に書いてしまうと、不正入手の疑いを追及されるリスクがあります。そのリスクを避けるため、わざと曖昧にした可能性も否定できませんが、婚姻日などの詳細に触れずに「一時、婚姻関係にあった」と報じることもできたはずです。そうせず「入籍」と表現し、養子縁組の可能性にも言及したのは、戸籍情報など「婚姻」の確たる裏付けがとれなかったからでしょう

実際、文春は今週発売号で、上野氏の反論記事をとりあげ、先月の報道時点では、婚姻の事実までは把握していなかったと明らかにしました。

婚姻届を出したのは「日本の法律の家族主義」のせい?

それはともかくとして、より大きな問題があります。

日本の法律が「家族主義」であるがゆえの不都合や面倒があり、養子縁組か婚姻のどちらかを選ばざるを得なかったという趣旨の弁明として次のように書かれています。

わたしは赤の他人、死亡届を出すこともできない。万一の時の入院や手術の同意書にサインすることもできない。各種の手続きや相続に家族が優先されることは骨の髄まで身に沁みていた。(・・・)さんざん面倒な思いや、いやな思いをしたあとで、これは家族主義の日本の法律を逆手にとるしかないと思い至った。
上野千鶴子「緊急寄稿『文春砲』なるものへの反論 15時間の花嫁」より

この文章には、法制度に関して読者に誤解を与えかねない内容が含まれているのです。

***

【この後の主な内容】
赤の他人は死亡届を出せない?
家族以外が財産管理できる制度や財産を譲り受ける制度はある
死の間際の婚姻届提出の危うさ 実質的な婚姻意思はあった?
“文春砲”の報道と上野氏の対応の問題点

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