【ニュースウオッチ9問題】BPOは真相解明できるか NHK報告書に多数の疑問点 (1/2)

COVID-19ワクチン接種後死亡者の遺族について誤解を与える放送をした問題で、謝罪をしたNHK。だが、公表された報告書にはいくつもの疑問点が。真相解明しなければBPOの存在意義が問われる。
楊井人文 2023.10.05
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「ニュースウオッチ9」でCOVID-19ワクチンの接種後死亡者の遺族について誤解を与える放送をした問題。その後、NHKは懲戒処分と調査報告書を公表し、取材を受けた遺族に謝罪を表明。放送倫理・番組向上機構(BPO)が審議入りを決めました

問題の放送から約5ヶ月。世間の注目は、海外メディアの報道をきっかけに、国内メディアが長年見過ごしにしてきた「ジャニーズ事務所の性加害問題」に集まっています。

しかし「ジャーニーズ事務所」問題と「ニュースウオッチ9」問題は、「深刻な被害が疑われる問題の存在に見てみぬふり、無関心なまま、被害を助長する報道(放送)を続けてきた」という点では、まったく通底している問題だとみることもできるでしょう。

主要メディアは政府と一体となって、ワクチン接種奨励の報道を大々的に行ってきた一方、次々と明らかになっている健康被害の実態(*)には目を背け、ほとんど報道されていません。この状況は「ニュースウオッチ9」問題でNHKが誤りを認め、謝罪をした後も、全く変わっていないのです。

そんな中、BPOが真相解明をきちんと行わないまま、近いうちに結論を出そうとしている可能性が浮上しました。そこで、この問題に改めて注意を喚起するため、NHKが公表した報告書の問題点を詳しく検証し、BPOの審議の注目ポイントについて解説します。

(*)健康被害の実態に関する最新情報は、以下の記事などを参照

***

【この記事の目次】

(1)これまでの経緯 ー BPOは真相解明のための調査を尽くしているか?
 ● キーパーソンへのヒアリングなしに意見書原案を作成
 ● BPOの事務局長はNHKから出向 第三者機関の役割を果たせるか

(2)NHKの報告書 ー「誤った認識に基づく取材」と「チェック不足」を問題視

(3)取材過程の疑問点
 ❶ 担当職員Mは本当に感染死遺族の紹介を期待していたのか?
 ❷ 「提案票」を見た上司3人は、当初からワクチンの被害を訴える遺族が取材対象だと認識していたのではないか?
 ❸ 報告書はなぜ、「取材要項」に一切触れていなかったのか?
 ❹ Mが取材当日にワクチン接種後の死亡者の遺族だと「はっきり認識した」とはどういうことか?
 ❺ 報告書はなぜ、取材当日、Mがワクチンについて質問し、被害の訴えを受け「皆さんの声を正しく、騙さず伝える」と語っていた事実を無視したのか
 ❻ 報告書はなぜ、支援団体を紹介するという約束に触れていなかったのか?

 (4)映像編集過程の疑問点(次回)

***
2023年6月9日放送のニュースウオッチ9の一画面(筆者撮影)

2023年6月9日放送のニュースウオッチ9の一画面(筆者撮影)

(1)これまでの経緯 ー BPOは真相解明のための調査を尽くしているか?

問題となったのは、5月15日夜の「ニュースウオッチ9」番組エンディングでの「新型コロナ5類移行一週間・戻りつつある日常」と題した約1分間のVTR

そこで取り上げられた遺族3人のコメントが、ワクチン接種後に亡くなった方の遺族の訴えだとは全くわからないように編集され、一般視聴者からみてコロナに感染して亡くなった方の遺族のコメントとしか受け取れない内容で放送された、という問題です。

鵜川和久
@sousyou13
完全な偏向報道です。早々にクレームを入れております。後ほど、新たな対応策をたてると連絡がありましたが、これはコロナで亡くなったとしか捉えられない。
2023/05/15 22:20
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遺族側の抗議を受け、NHKは翌日の放送で謝罪しました

(詳しくはYahoo!の記事も参照)

謝罪放送自体は、真摯なものであったと思います。問題はここからです。

なぜワクチン接種後に亡くなったという遺族の訴えの根幹部分を、あえてふせて放送したのか?

当然わきあがるこの疑問に対する検証と説明が求められる中、NHK幹部が国会でその疑問に正面から答えず、「取材の過程でワクチン接種後に亡くなった方のご遺族だと認識した」と答弁をし、これがまた波紋を呼びました。

あたかも、接種後死亡者の遺族への取材を必ずしも想定していたわけではなかったかのような言いぶりですが、担当のNHK職員は当初からワクチン被害者支援団体に取材を申し込んでおり、明らかに不自然な答弁だったためです。

6月には、BPOの放送倫理検証委員会が、独自に審議入りを決定しました。NHKから提出された報告書(当時、内容は未公表)は委員の目にも不十分だと受け止められたためです。

7月には、NHK側の対応に納得がいかなかった遺族側が、BPOのもう一つ別の委員会、「放送人権委員会」にも人権侵害の申立てを行いました。それを伝えたニュースウオッチ9は、遺族の記者会見での訴えを流し、改めて謝罪を表明しました

その後、NHKは、取材を担当したスタッフら4人の懲戒処分と調査報告書を公表。その中で詳細な経緯を明らかにしたものの、ワクチン接種で亡くしたという遺族の訴えを一切盛り込まないという編集上の判断・指示を、いつ、誰が行ったのかという肝心な部分を明らかにしないなど多くの不可解な点も残しました。

(詳しくはYahoo!の記事参照)

そして、BPOの放送倫理検証委員会が9月8日に行われ、後日、審議の概要がホームページに掲載されたのですが、そこに注目すべき事実が書かれていました。

NHKの『ニュースウオッチ9』(5月15日放送)は、ワクチン接種後に亡くなった人の遺族を、新型コロナウイルスに感染して亡くなった人の遺族と受け取られるような伝え方をし、放送倫理違反の疑いがあるとして6月の委員会で審議入りとなった。今回の委員会では、担当委員から当該番組の関係者に対して実施したヒアリングの内容と意見書の原案についての報告があった。委員から組織的な問題をより照射する方向性の意見などが出され、次回の委員会までにさらに必要なヒアリングを実施し、意見書の修正案を作成することになった。

キーパーソンへのヒアリングなしに意見書原案を作成

この委員会には、弁護士や大学教授ら10人の委員がいます。事案ごとに担当委員が割り振られ、関係者へのヒアリング等を経て、詳細な意見書を作成し、公表することになっています。

この件では、取材に応じた遺族3人に対し、早い段階で、BPO(委員ではない職員)がヒアリングを実施したと聞いています。

ただ、取材過程を解明するうえで不可欠なキーパーソンであるNPO法人・駆け込み寺2020代表の鵜川和久氏は、審議入りから3ヶ月以上たっていまだヒアリングを受けていないということです。つまり、9月8日の委員会の時点で、鵜川氏へのヒアリングなしに意見書原案が作成されていたということになります。

鵜川氏は、取材申込みを受けた後、遺族の紹介、取材場所の提供をし、担当職員との電話やメールでの連絡窓口となっていました。鵜川氏によれば、担当職員から当初は鵜川氏の話を聞かせてほしいという依頼があったとのことですが、そうした事実もヒアリングしなければ正確に把握できないはずです。

意見書原案に対しては、他の委員から「組織的な問題をより照射する方向性の意見」が出たため軌道修正する方向とみられますが、原案の段階では職員個人の問題に重点を置いた内容になっている可能性が浮き彫りになりました。

BPOの事務局長はNHKから出向 第三者機関の役割を果たせるか

実は、問題の放送からまもない5月26日、NHK職員である神田真介氏(仙台放送局長を経て、地域改革支援局長、子会社のNHKエンタープライズ取締役)がBPOの「NHK選任理事」(常勤)に選任され、同時に「事務局長」にも就任しています(BPO理事会議事録、就任は6月1日付)。

BPOの運営には、審議案件の利害関係人であるNHKが深く関与しています。外形上、十分な独立性が担保されているようにみえませんが、それでも「独立した第三者の立場」(BPO規約第3条)であるとして第三者機関を標榜しています。

であれば、委員会に与えられた調査権限(委員会規則第4条)を行使して、NHKにとって不都合な事実も明らかにし、ワクチン被害をタブー視して遺族の訴えを捻じ曲げた放送に至ってしまった問題の真因に迫れなければ、第三者機関としての信頼には応えられないでしょう。

委員会の議事概要には「次回の委員会までにさらに必要なヒアリングを実施し、意見書の修正案を作成する」と書かれ、調査は続いているものとみられますが、近いうちに意見書をまとめて公表する可能性もあります。

のちに詳しくみるように、NHKの報告書は、職員個人に責任を押しつける内容で、幹部らの組織的な関与を曖昧にしています。

BPOの委員会が出す意見書が、NHKのストーリーをほとんど裏書きするだけで、多くの疑問、不可解な点を残したままで終わることのないよう、ここで改めてNHK報告書の問題点を徹底的に検証しておきたいと思います。

(2)NHK報告書 ー「誤った認識に基づく取材」と「チェック不足」を問題視

まず、NHKの調査報告書(7月21日公表)をどういうものだったか。

NHKの報告書は表紙を含めて10ページ。提案から放送に至る経緯について、時系列に沿って、多くの事実が明らかにされています。

報告書では「提案から取材ロケ直前まで」「取材ロケから放送まで」「放送当日〜制作から試写、放送〜」「放送後の対応」について順を追って検証し、問題の原因、再発防止策についてまとめています。

細かい記述は問題点の整理の際に確認していきますが、簡単にまとめると、経験値の少ない担当職員が、新型コロナやワクチンに関する認識不足で取材を始めてしまい、上司も認識不足があったため、チェックが疎かになった、担当職員は「広い意味でコロナ禍で家族を亡くした遺族」として放送しても問題ないと考えてしまった、というストーリーで書かれています。

その中身は、ワクチン被害の訴えを全てカットした「映像編集の仕方」に問題があったとするよりも、担当職員個人の「誤った認識に基づいて取材を進めたこと」自体に問題があったと強調する内容でした。何がどのように「誤った」認識なのかは、はっきりと書かれていません。

そして、問題の本質を明らかにするためには避けて通れない「新型コロナ(ワクチン)報道のあり方」にも向き合わず、担当職員の「誤った認識」に基づく取材を上司がチェックできていなかったとして、誤報などの不祥事ではお決まりの「事前チェック不足」問題に整理されていました。

筆者作成

筆者作成

その結果、報告書の内容は、客観的な事実と照らし合わせると、いくつもの不可解な点が残っています。

これから、それらを12の問題点に整理して、具体的に指摘していきます。少し長くなりますので、スライドで問題点を一覧できるようにしました。

1回目は「取材過程」について、2回目は「映像編集過程」について、詳しく検証します。

***

『楊井人文のニュースの読み方』は、今話題の複雑な問題を「ファクト」に基づいて「法律」の観点を入れながら整理して「現段階で言えること」を、長年ファクトチェック活動の普及に取り組んできた弁護士の楊井がお届けしております。

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