【ニュースウオッチ9問題】BPO意見書に盛り込まれた重要証言 検証番組は作られるか

ニュースウオッチ9問題でBPOが公表した意見書には、NHKが従来してきた説明を揺るがしかねない重要な証言が書き込まれていた。NHKが改めて再検証するかが問われている。
楊井人文 2023.12.08
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BPO・放送倫理検証委員会が12月5日公表した意見書について、引き続き掘り下げて検証します。

17ページの意見書を精読すると、NHKの説明を揺るがすいくつかの重要な事実が盛り込まれていたことがわかります。今回の意見書の意義と限界、今後の見通しについても解説します。(第1回はこちら

【この記事の主な内容】

〜 前回の記事 〜
(1)BPO意見書の要点
(2)取材に協力した遺族らのコメント全文
(3)記者会見のポイント

〜 今回の記事 〜
(4)意見書が明らかにした新事実
(5)疑問点はどこまで解消されたか
(6)BPO意見書の意義と限界 検証番組は作られるのか?

***

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(4)意見書が明らかにした新事実

NHKは当初から誤解を与える不適切な放送だったこと自体は認め、繰り返し謝罪しています。しかし、BPOの放送倫理検証委は、NHKから提出された報告書は納得できる内容ではないとして、独自の判断で(取材を受けた遺族からの申立てによらずに)調査を開始した経緯があります。

NHKは問題の放送から約2ヶ月後、7月21日に9ページの報告書を公表しました。現在も公式サイトで公開されています

このニュースレターでは以前、このNHK報告書を徹底検証し、多くの疑問点があることを指摘しました(10月5日配信10月9日配信)。実はその後、NHKに事実関係の詳細な説明を求める取材の質問状を送っていました。2週間たって戻ってきたのは以下のようなゼロ回答でした。

NHK広報部から筆者への回答(2023年10月27日)

NHK広報部から筆者への回答(2023年10月27日)

では、NHKが「すべて」と言った7月21日の報告書は、どういうストーリーだったか、改めてごく簡単に要約しておくと、

ーー担当職員Mは、新型コロナ5類移行1週間後のVTR企画のため、ワクチン被害を訴える遺族が参加する団体に取材を申し込み、上司に企画の提案票を提出して了承を得た。紹介された遺族3人はワクチン接種後に亡くした人の遺族だと認識し、取材での話も大半がワクチンに関することだったが、広い意味でコロナ禍で家族を亡くしたと伝えても問題ないと考え、上司にも相談しなかった。放送前の試写で立ち会った編集責任者らはワクチン接種後に亡くした人の遺族だという説明を聞いておらず(上司のデスクは文字起こしを読んで認識)、試写段階で入れていた支援団体名も指摘を受けて削除したうえ、放送した。ーー

というものでした。

BPOの意見書も、基本的にこのNHKが従来説明してきたストーリーをほぼ踏襲していました。

ただ、いくつか重要な新事実が盛り込まれていました。これから時系列順に説明していきます。(NHK報告書の「上司チーフリード」=担当職員Mとともに出勤停止処分=は、BPOの表記に従って「上司デスク」と記します)

NHK報告書にはなかった新事実は、細かいものを含めると数多くあるので、ここでは重要と思われるものだけピックアップします。それぞれの意味・解釈について、【筆者注】で簡単な解説をします。

(企画・取材の段階)

① 【NHK報告書】5月9日、担当職員MはNPO法人「駆け込み寺2020」に取材申込をした。Mはコロナワクチンの被害を訴える方や遺族が参加している団体との認識を持っていたが、コロナ感染で亡くなった人の遺族を紹介してもらえる可能性もあると思っていた(とNHKのヒアリングで説明)

 【BPO意見書の新事実】Mは感染死の遺族と特定して紹介を依頼したわけではなく、取材相手3人に感染死の遺族が含まれるかどうか事前に問い合わせたわけでもなかった。

 【筆者注】コロナ感染死の遺族を紹介してもらえる可能性を期待したというMの証言自体はBPOのヒアリングでも変わっていないが、実際の行動と矛盾していると指摘するもので、信用性に疑いがあることを示唆するものといえる。
 他方、Mはワクチン問題を最初から取り上げないと決めていたわけではなく、別の企画で取り上げたいとの考えはあった旨ヒアリングで語っていたことが判明している(会見質疑で明らかにされた事実)。
 そうすると、Mは当初ワクチン被害を訴える遺族を取材し、報道する意思があったとみられ、何らかの理由で、それを断念することになり、真意とは異なる証言をしていた(させられていた)可能性がある。

② 【NHK報告書】5月9日、Mが作成した「提案票」には「コロナワクチンで夫を亡くした遺族インタ/ワクチン被害者の会」、絵コンテ(手書き)には「コロナウイルスで夫を亡くした女性」と記載があり、上司デスク、調整デスク、編集責任者(編責)に送信された。上司デスクは絵コンテを使って編責に説明。編責は10日に提案を了承、採択

 【BPO意見書の新事実】担当デスクが絵コンテが使って説明したのは(提案了承の翌日である)11日で、編責は「コロナウイルスで夫を亡くした女性」の映像は企画の趣旨にそぐわないのではないかと担当デスクに指摘した

 【筆者注】BPO意見書には、絵コンテにワクチンの記載がなかったことに編責が「特段気にならなかった」と話し、提案票との矛盾を指摘したわけではなさそうなことから、この時点で編責はワクチン接種後に死亡した人の遺族という認識がなかった可能性が推認される。
 ただ、編責の指摘を受けて、このあと担当デスクがどのようなアクションをとったのかが不明。
 この協議から放送当日(15日)夕方の試写までの約5日間、担当職員Mと何ら意思疎通、協議がなかったとはにわかに信じがたいが、BPO意見書では担当デスクは何ら関与せず、任せきりしていたことになっている。

③ 【NHK報告書】5月10日、Mが知り合いの記者に「ワクチンで家族を亡くした人に話を聞けそうです」と助言を求めたところ「上司や医療担当デスクと相談したほうがよい」との助言を受け、「上司や編責と協議してみます」と返信。実際に上司らにそのアドバイスを伝えていなかった

 【BPO意見書の新事実】Mが相談した記者はコロナ関連の取材経験が豊富な別部署に所属し、全てチャット上で行われた相談の中で、この記者は「ワクチンの副反応の問題を扱う場合には慎重になった方がいい、ワクチンの問題を訴える遺族の声は大事だと思うから上司らとよく相談しながら進めるべき」との趣旨を助言
・Mは遺族について「コロナで家族亡くした人という属性に留め」て、ワクチンの問題には言及しないと返答。Mはインタビューの13日までにワクチンの問題を取り上げないと決めていた

 【筆者注】Mが相談した記者は「慎重になった方がいい」という一方で「ワクチンの問題を訴える遺族の声は大事だと思う」とも述べ、「ワクチンの問題を取り上げるべきでない」と否定したわけではないようだ。BPO側に開示された社内チャット履歴から抜き出したものとみられる。
 実は、Mはこの相談をした5月10日午後、取材申込先の鵜川氏に「取材要項」を送り、鵜川氏にも遺族の証言を残すコメントを求めて番組で使う構想を示していた。鵜川氏のコメントを使うということは、Mはこの時点でまだワクチンについて取り上げる考えがあったとみられる。
 だが、Mは上司らに相談することなく、ワクチンの問題を取り上げない旨返信したとされ(返信日は不明)、記者の助言に従わなかったことになる。なぜそう決めたのか、理由は明らかにされていない。本当に上司らに一切相談せずに独断で決めたのかは、疑問も残る。

鵜川和久
@sousyou13
NHKさん。この取材要項を見れば取材途中でワクチン接種後に亡くなった遺族と気付いたなどと言う言い訳は成り立ちません。
私は何度もワクチン被害者遺族の窓口であることを話してますよ。
そして、放送の際は必ず「繋ぐ会」または「駆け込み寺」の案内を入れる約束で取材に応じました。…
2023/05/25 07:29
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④ 【NHK報告書】13日、Mは取材ロケで紹介された遺族3人がワクチン接種後に亡くなった人の遺族だとはっきり認識したが、この時点で「1分間の動画でワクチンのことに触れるのは難しい」と考えており「今回はワクチンの是非や咎を問うということではなく…再びコロナ禍に後戻りしないよう、家族を亡くした遺族の方の声をお伝えしたい」という趣旨を説明した(とNHKのヒアリングに説明)。遺族3人が話した内容の大半はワクチンに関することだったが、Mはインタビュー内容を上司らに報告せず、上司も報告を求めなかった

 【BPO意見書の新事実】遺族3人はNHKの全国放送で家族がワクチン接種後に亡くなった事実を伝えたい、同じように被害に苦しんでいる人にNPO法人の活動を知ってもらいという動機で、顔出しなし・匿名ではなく、顔出し・実名でインタビューに応じることにした
・Mはインタビュー前後に2度、企画趣旨やワクチンの問題は扱わないことや1分のエンドVであること等を説明し、「ワクチンの是非や咎を問うことなく」という言葉で説明した(とBPOのヒアリングで証言)
・遺族3人はMの「ワクチンの咎を問わない」という説明は全く記憶に残っておいない。ワクチンの問題を扱わないなら、取材に応じた趣旨と異なるため、インタビューを継続するはずがない(とBPOのヒアリングで証言

 【筆者注】BPOはインタビュー現場でMがワクチンの問題を取り上げないという説明をしたかどうかについて明確な事実認定を避けたが、遺族3人の証言を踏まえ、Mの証言の信憑性に「疑問がある」と否定的な評価を下した。つまりMはワクチンの問題を取り上げないと明言していなかった可能性が高い。

取材当日の「駆け込み寺2020」鵜川理事長の投稿

鵜川和久
@sousyou13
NHKニュースウォッチ9の収録が終わりました。漸く全国放送です。
5月15日21時より放送予定です。
5類になり、コロナの総括番組との話ですが、残された傷跡は風化させてはならない。
そんな思いでデレクターが動いてくれました。先ずは何処まで放送できるかですね。
繋ぐ会のみなさん。…
2023/05/13 20:44
2046Retweet 6399Likes

(映像編集・試写の段階)

⑤ 【NHK報告書】15日正午過ぎ、Mは局内システムに「コロナ禍で家族を亡くした遺族3名。副反応でなくしたと訴えるが表現は慎重に。5類になっても忘れてほしくないという方向で」と記し、動画の構成要素などを登録

 【BPO意見書の新事実】Mは局内システムにインタビュー文字起こしを添付していた

 【筆者注】NHK報告書は、Mが局内システムに「動画の構成要素(映像項目)など」を登録したとあり、私は「など」に「インタビュー文字起こし」が含まれるのではないかと疑い、NHKに質問していたが(結果はゼロ回答)、BPOは「など」に「インタビュー文字起こし」が入っていたという事実を明らかにした。

⑥ 【NHK報告書】15日15時から映像編集を始め、18時から1回目の試写。Mや担当デスク、編責ら計9人が立ち会い、「遺族3人をわずか1分でこのような形で紹介して問題ないのか」等の指摘のほか、「駆け込み寺2020」の表示について尋ねられ、Mは「遺族の相談窓口です」と説明し、その表示は削除されることに。Mはワクチン接種後死亡者の遺族だと説明したとヒアリングで述べたが、他の試写参加者は聞いていないと否定

 【BPO意見書の新事実】1回目の試写時に「ツイッター編責」(管理職の一人)が文字起こしに事前に目を通していたと発言したのを聞いた、と複数のスタッフが証言
・ツイッター編責はこの局内システムにアクセスしたが、文字起こしやメモを読んだことは否定
・1回目試写でのやりとりから、取材相手がワクチン接種後に亡くなった人の遺族であると気づいて驚いたスタッフもいた(試写に立ち会った者の大半が否定)

 【筆者注】「ツイッター編責」が否定している証言も載せ、明確な事実認定を避けているが、BPOがこのスタッフ証言を公表したということは、「ツイッター編責」の証言の信憑性に疑いを持っていることを示唆する。
 文字起こしを事前に見ていればワクチン接種後に亡くなった人の遺族だということは一目瞭然なので、「ツイッター編責」がその背景事情に試写で言及し、その場に参加していた他の管理職らも事前に認識していた可能性を示唆するものと言える。
 つまり、管理職らはみんな事前には聞いていなかった、というNHKの従来説明を覆しかねない情報だ。

(5)疑問点はどこまで解消されたか

ここまでBPO意見書が明らかにした新事実を確認しましたが、他にもあった多くの疑問点はどこまで解消されたといえるのか。以前の検証記事で指摘した12点の疑問点に沿って、確認していきます。

❶ 担当職員Mは本当に感染死遺族の紹介を期待していたのか?

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続きは、5107文字あります。
  • (6)BPO意見書の意義と限界 検証番組は作られるのか?

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